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こんにちは!世界中を旅する
Amazon2億円プレイヤーの鬼束です。
今日は、失われた30年について
解説していきます!
失われた理由を知ることで、
きっとまた、取り戻すことができます。
【終戦80年】
少し前置きをさせてください。
1945年8月15日に、多くの英霊の
犠牲を払いながら大東亜戦争が終結し
その後1952年まで、連合国の占領下に
おかれた日本は、憲法改正、
教育制度改革など多くの“外科手術”
を施されましたね。
そしてその後は、
1950-1970年代に掛けての
高度経済成長期を経て、世界第2位までの
経済大国に返り咲きながらも、現代は
なぜか“失われた30年”を過ごしています。
【なぜ日本の経済はここまで停滞したのか】
その理由、つまり失われた30年と
呼ばれる事象を引き起こしたきっかけや
本質的な原因を知ることで、
『これからの未来はどうしたら良いのか』
が見えてきます。
意外と知らない、失われた30年について
今日は一緒に見ていきましょう!
【対日本のトラブルメーカー米国】
日本の歴史的な事件は、国家単位で物を
考えるならば、大抵はアメリカが自ら
事件を引き起こしてきました。
これは今日の話の根幹にもつながる
部分なので、よく理解して
もらいたいです。
もちろん、
失われた30年にもアメリカの
存在は大きく関係しています。
そうです。もう自分だけを責めるのは
やめましょう。日本国民の皆様方。
ここから少し脱線しますが、後々の話の
前提として聞いてください。
アメリカが日本に影響を及ぼし
始めたのは、古くは1853年の
ペリー来航による開国でした。
(それ以前は割愛)
そして1929年に起きたNY株式市場の
大暴落を端に発した“世界大恐慌”で
打撃を食らった日本は、新たな資源を
求めて、
1905年の日露戦争でロシアから
継承した関東州租借権を元に
1932年に満州国を設立しました。
ちなみに私の祖母は満州帰りです。
(満州=今の中国東北部)
〈世界大恐慌での日本への影響〉
当時、アメリカが原因で引き起こされた
世界大恐慌では、日本の経済も崩壊。
労働者の収入は最大で半減、また
地方での“娘の身売り”なども数万人
単位で発生したり、幼い子供たちが
栄養失調で次々と亡くなるなど、
凄惨を極めました。
そして満州国の設立を良しとしない
アメリカは、日本への石油や鉄道などの
輸出を禁止するという経済制裁に出て
結果的に1941年、追い込まれた日本の
真珠湾攻撃を、表と裏からアメリカが
導く結果となりました。
もちろん、経済制裁をすれば
日本がアメリカに攻撃を
仕掛けて来ることなどは
火を見るよりも明らかでした。
このように、日本が困る事態の
きっかけの多くは、アメリカが
関わっていました。
1939年に日米通商航海条約を破棄し、
後に公開された米国海軍戦略メモには
『石油供給を断てば日本は2年も
持たず、南方資源地帯へ武力進出
する可能性が高い』とあります。
またルーズベルト大統領は
石油禁輸決定時の閣議で、
『この措置は日本にとって
戦争開始の理由となるだろう』
『だが、日本が戦争を始めるなら、
それはアメリカの準備が整う前
よりは後のほうがいい』
と述べたとされます。
あの、、
元はおたくが引き起こした
世界大恐慌を何とかするために
日本はできる範囲のことを
やっていたんですよ。
。。。。。
そしてもちろん、日本の失われた30年
にも、アメリカは大きく関わっています。
【失われた30年のきっかけは】
終戦後、何もかも失った日本が、
高度経済成長で、世界第2位の
経済大国へと返り咲いたあとに、なぜか
30年以上もの間、経済が停滞した
きっかけとなった主な事件は、
-日航123便墜落事件(1985年)
-プラザ合意(1985年)
-金融緩和(利子下げ)→バブル崩壊
-売国制度が続々と成立(1990年代)
(外国資本が日本に大量に流入)
-少子高齢化が確定(1994年)
この辺りが、まさに終わりの始まり
となった地点です。
今日はその中でも、特に影響の
大きかった“プラザ合意”を中心に
解説していきます。
【プラザ合意という不平等な話】
まずはプラザ合意とは何かを簡単に
言うと、“アメリカに有利な為替制度”
にするためのルールです。
-アメリカニキ-
『アメリカ経済がきついから、
アメリカに有利な経済ルール
を作ろう!逆らったら知らないよ』
という感じです。
ニューヨーク(以下NY)で
行われた会議には、日本からは
竹下登大蔵大臣が出席しました。
(DAIGOのおじいちゃんですね)
そもそも為替制度とは、その国の
経済状態に大きく関わります。
前提として、プラザ合意の前は
現代の水準と比較すると、
超円安↓超ドル高↑でした。
(1ドル240円)
プラザ合意では主に、この為替制度を
アメリカに有利なものにするための
話し合い(?)がなされました。
〈ドルの固定為替と変動為替〉
ここで終戦後の、為替制度についても
簡単に見てみましょう。
1949年、GHQの
為替レート設定により1ドル360円の
“固定為替”制が始まります。
そう、昔の為替は変動せず、
固定為替制度だったのです。
これは元々、海外との取引は
金の所有量勝負だった“金本位制”
の流れを受け継いだものでした。
その後、20年間は、この固定為替で
超円安状態が続きました。
『超円安なの?日本かわいそう』
と思われるかもしれませんが、
実は逆です。
というのも、日本は経済の多くを
古くから輸出に頼っており、超円安
ということは、輸出が儲かるためです。
今なら1ドルの製品を作っても
もらえるのは150円ですが、
当時は同じ商品でも360円
もらえたわけですね。
そしてその後、1971年のニクソンショック
を経て、1973年には固定為替制から、
現在と同じ“変動為替制”に変わります。
制度設計が全然上手じゃないぞ!
自分の尻を自分で拭けないなら
もっとしっかりしなさいアメリカ!
〈ニクソンショックとは〉
※ニクソンショック=元々は1オンスの
金を35ドルと交換できるという
固定相場制をやめて、変動性にする
としたものです。(ここ大切です)
当時の為替は固定相場制であり、
かつアメリカはベトナム戦争など
によってお金を軍事費などに
たくさん使っていたので、
自国で保有している金(きん)が
流出し続けることに危機感を覚えた
結果のニクソンショックと言われます。
この時のドル円は1ドル271円でした。
しかし、1ドル271円でも、かなりの
円安、ドル高であることは分かります。
さらにアメリカは自国内での政策にも
失敗し、貿易赤字だけでも1220億ドル。
なんと対日本だけで考えても、500億ドル
の貿易赤字を出していました。
〈プラザ合意でなんとか回復を〉
そこでアメリカは1983年頃から、
“ドル高是正”を主要議題として
他国(日、独、仏、英)に働きかけを
行いましたが、効果は薄いものでした。
しかし1985年9月に、NYのプラザホテル
にて、日、独、仏、英の財務トップや
中央銀行総裁を集めて会議を行い、
『各国が協調して為替市場で“ドル売り”
“自国通貨買い介入”を行う』という
内容に合意しました。
これがプラザ合意です。
つまり、
『ドル高が何しても収まらないから、
もうみんな、ドルは売って!(ドル安)
そして自分で自分の国の通貨を
買いまくってね!(円高)』
としたのです。
その結果、1ドル240円だったドル円は
数ヶ月で200円を割り、2〜3年で
120円台に到達しました。
さて、ここから日本には
何が起きたでしょうか。
〈日本の終わりの始まり〉
急激な円高により、輸出に頼る
日本経済は大打撃です。
分かりやすい例は、
自動車産業でしょう。
例えばこれまでは、1万ドルの車を
アメリカに売ると、
1ドル360円なら360万円
1ドル240円でも240万円
が日本円として入りました。
しかし、1ドル120円ならば、
120万円です。
こんなに日本円での収入が
少なくなっても、製造コストなどは
変わりませんから、まさに大打撃です。
その結果、コスト削減のために
サービス残業が生まれたり、
還元率の悪すぎる税制が次々に
日本に生まれていきました。
まぁこれらも、日米合同委員会の
圧力が大いに関わっていると
言わざるを得ませんが、、
〈日本救済策としての金融緩和〉
そこでこれらの日本企業救済のため、
日銀は大幅な金融緩和、簡単に言えば
お金を貸す時の“金利を下げる”政策を
断行します。
『売上が苦しいだろうから、お金を
借りて凌いでね!金利はまけとくよ』
という感じです。
こうなるとどうなるか。
もちろん企業は借金で延命しますが、
延命しているだけのゾンビ企業もまた
国内に蔓延します。
さらに、借入金を不動産に投資する
企業が当然続出しました。簡単に
お金を借りれますから、
そうなるでしょう。
するといくらの値段でも、
お金を借りれば土地を買える状態の
日本には、急激な土地の値上がり、
いわゆるインフレが発生しました。
どういうことかと言うと、
例えば、みんなが1億円を持っていて、
そしてどう考えても儲かる土地が
1000万円で売っているとします。
Aさん『じゃあ僕が1000万円で買うよ!』
Bさん『それなら俺は2000万円で買う!』
Cさん『俺は5000万円で買うぞ!』
という感じに、みんながお金を
持っていると、価格はどんどんと
上がっていくのです。
これが俗に言うバブル景気で、
1985年のプラザ合意、そして
その後の日銀の金融緩和(利下げ)
により、土地神話(土地は値崩れしない)
や株式投資ブームが起こります。
しかし肝心なのは、そのお金の
でどころです。いつまでも銀行が
お金を無限に貸してくれるならば
この景気は維持できますが、
そんな訳はありません。
むしろ、このような実態のない
経済を繰り返し、そのツケを
同盟国や敵国に払わせてきたのが
アメリカであり、何度も破綻しています。
つまり、実態のない経済は破綻します。
1985年に13,000円台だった
日経平均株価は、1989年には
38,915円に。
『もう限界だ、、
このままでは日本が崩壊する』
そう考えた日銀は、1985年に緩和した
金融政策、つまりお金を借りやすくする
仕組みを一転、金融引き締めで、
お金が借りにくい政策に転換します。
つまりはこういうことです。
先ほどの例で、1000万円の土地が
5000万円に高騰しました。
しかし、その土地の本来の価値は
1000万円であり、将来的に緩やかに
土地の価格が上がる可能性は
あるとはいえ、この値上がりは
実態を反映していません。
つまり、ただのマネーゲームであり、
自分が5000万円で買った土地が
次に、より高値で売れる保証は
ないわけです。
その価値がありませんから。
1000万円しか価値がない土地に
多くの銀行が5000万円、1億円と
お金を貸し続けたのです。
『このまま見せかけの高騰が続けば、
価値のないものにお金を貸し続ける
銀行業などに廃業が相次ぎ、いずれは
日本の経済が崩壊する』
そう(建前上は)考えた日銀は、
1989年5月に金利を上げます。
そしてそれから半年の間、連続的に
金利を上げ続け、気がつけば
プラザ合意前よりも高い金利の
水準となりました。
そうして銀行からはお金が
借りられなくなり、1000万円の
土地を5000万円で買った人は、
新たな買い手が見つからず破産。
最後にババを引いた人たちが
次々と破綻していきました。
これが連続的に起こったのが、
俗に言う“バブル崩壊”です。
そしてバブル崩壊後の日本は、
前述の通り
1994年には分かっていた少子高齢化
(労働力減少、社会保障費爆上がり)
に目を瞑り
外国の資本家がどんどん日本の
資本を手に入れられる政策を出して
日本の生産性が外国に食われ
他にも様々な要因もあいまり、
失われた日本の30年間と
呼ばれる冬の時代に突入したのです。
【なぜプラザ合意に合意したか】
さて。当時の官僚や学者の多くは、
プラザ合意が日本にどのような
悪影響を引き起こすかを
知っていたはずです。
なのになぜ日本は、プラザ合意に
合意してしまったのでしょうか。
そこには3つの大きな理由と、
いまだ推測の域を出ないとはいえ、
陰謀論的な話も隠されています。
以下は、もし日本がプラザ合意を
拒否した場合に考えられるリスクです。
〈1.軍事的依存〉
日本はアメリカに防衛力の多くを
依存しているため、
“交渉決裂→じゃあもう守ってあげないよ”
と言われるのは困ります。
そもそも日本は、アメリカと
バチバチにやりあう交渉カードを
持っていません。
〈2.金融依存〉
アメリカは必死で、石油取引で
使う通貨をドルに固定するなどの
工作をしてきました。
過去に石油取引をドル以外で
行おうとしてきた
イラク(サダムフセイン)や
リビア(カダフィ大佐)
イラン
ベネズエラ
などの多くはアメリカから
もっともらしい理由をつけられ
戦争になり(湾岸戦争など)
血塗られたペトロダラー体制
(石油の取引はドルで行う体制)
は維持されてきています。
日本も御多分に洩れず、日本の
外貨準備、国際決済、対外資産は
ほぼドル建てであり、アメリカが
関税や輸入制限を発動すれば
日本景気は即座に後退します。
ここでもやはり、日本に強い
交渉のカードはないのです。
昨今のトランプ関税同様、
要求を飲んでも地獄、
飲まなくても地獄なのです。
〈3.同盟国としての圧力〉
日本はアメリカの同盟国であり、
しかし交渉のカードを持たない
日本は、アメリカの属国と
見る話もあるくらいです。
やはり、アメリカからの
無茶な要求を、日本は
受け入れ続けなければ
いけない今の状況があります。
日本を無理やり開国させて、
占領は諦めたものの西洋の
文化を流し込み、古くからの
伝統を徐々に失わせたアメリカ。
世界大恐慌を引き起こし、
世界中に迷惑を掛けに
掛けまくったアメリカ。
そのアメリカがしでかしたことを
なんとかカバーしようとする日本に
さらに追加で経済制裁を加え、
内外から日本を真珠湾攻撃に
導いたアメリカ。
そして自国の政策失敗を
プラザ合意という最悪の形で
またも世界中に押し付けたアメリカ。
今もアメリカは超債務超過状態で、
人々は苦しみ、毎回の返済時に
借入上限額を上げることで
凌いでいる、破綻寸前のアメリカ。
まぁアメリカも、もっと上の
ユダヤ金融資本などの影響を
受けまくっているわけで、
正確にはアメリカが諸悪の根源
ではないのですが。
とにかく、悪いことをするヤツの
上にはさらに上がいて、さらに
その上もいるわけで、それらの
影響下で生きているのが、ここ
数百年の人類な訳です。
【トドメの日航機123便墜落事件】
さて。実はプラザ合意(1985年9月)
の前に、日本では1985年8月に、
日本航空(JAL)123便が日本国内で
墜落事故を起こすという事件が
起こりました。
この事件により日本は、アメリカに
大きな貸しを作ったという説があり、
この貸しが、1ヶ月後のプラザ合意に
大きな影響を与えたとも言われています。
というのも、123便墜落事件には
多くの違和感と謎が残っており
あくまで推測の域は出ませんが、
ただの事故というには無理がある
墜落事件だからです。
【なぜ123便は墜落したか】
公式の発表では、事故機の
ボーイング747が数年前に
尻餅事故を起こしており、
その修理が不完全だったために
飛行中に“後部圧力隔壁”が
吹き飛び、その後の制御不能を
引き起こしたとされています。
しかし。実はこの“後部圧力隔壁”
が吹き飛んだという説には、
かなり無理があるのです。
飛行機はとても高い高度を飛ぶので、
酸素濃度や気圧は、地上のそれとは
全く異なる状態になります。
事件当時の日航機も、
高度7300メートルほどを
飛行していました。
後部圧力隔壁とは、文字通り
外と機内の圧力を守る存在です。
もしこの隔壁が無くなれば、
飛行機に穴が空いたのと同じ事で
飛行機の気圧は急激に下がり、
人が外に吸い出されるなどの
悲惨な事態になります。
しかし生存者の証言によれば
そのような事象は起こっていません。
また2002年に発生した
チャイナエアラインの
後部圧力隔壁損壊事故では、
飛行中の飛行機が空中分解
しています。高高度で機体に穴が
開くとは、そういうことです。
さらにその後の調査では、
日航機の垂直尾翼に、
“何らかの外部からの大きな
力が加わった可能性”が極めて高い
という報告も上がっています。
この他にも、実に多くの違和感が
この事件には残っています。
-夜の7時に墜落したのに、救援が
来たのは翌朝9時。しかも事件当日
の夜8〜9時には、日本のメディアや
米軍が事件現場を特定するも、
日本政府の命令で帰還させられる。
-遺体の損傷状態がおかしい。
飛行機事故は火災を伴うこともあり、
現場には焼けた遺体も多数ありました。
しかしその遺体からは、ジェット燃料
には含まれないベンゼンや、現場には
ガソリンとタールを混ぜたような
匂いが広がります。ジェットエンジン
ではこのような匂いは出ず、出るならば
火炎放射器やナパーム弾を使用した
場合が想定されます。
また遺体の状態も、燃焼性の低い
ジェット燃料で燃えたとは
考えにくい、まるでナパーム弾や
火炎放射器で丹念に焼いたような、
炭化して見分けがつかないレベルの
状態でありました。
不自然な墜落の痕跡は、
これ以外にも数十以上が
見つかっており、
一説によれば、日航機墜落事件は
同日に訓練をしていた、自衛隊の
護衛艦“まつゆき”の短距離艦対空誘導弾
のテストをしていたミサイルが、
誤射またはその他の理由で
日航機に当たってしまったのを
隠蔽したとも言われます。
実際に、乗客は“まつゆき”に
搭載されていたのと同じオレンジ色の
何かの物体(模擬ミサイル)を見たり、
自衛隊の記録にはない、2機の
ファントム戦闘機が日航機を
追尾し、その後“流れ星”の
ようなものが日航機を追って
いったという目撃情報も
いくつかあります。
追尾して、追加のミサイルが
発射された可能性があります。
ここで整理して欲しいのは、
1.まつゆきのミサイルが当たる
2.証拠隠滅のために、追尾した
戦闘機が2発目のミサイルを打ち
エンジンを吹き飛ばして墜落させる
という形で、日航機が2回以上の
攻撃を受けた可能性です。
〈つまりどういうこと?〉
これはあくまで、多くの証拠に
基づきながらも推測を出ない話です。
国家が何かを隠蔽するというのは
そういうことです。
対空ミサイルの訓練をしていた
自衛隊の船が、誤射または
違う理由により日航機の
垂直尾翼に模擬ミサイルを
当ててしまう。
その後日航機は、近くの在日米軍基地
に着陸要請をし、米軍は受け入れるも
日本側がそこへの着陸を阻止。
さらには自衛隊戦闘機2機が
日航機を追尾して、御巣鷹山
周辺で日航機の第4エンジンを
爆撃。後に見つかった第4エンジンは
到底“墜落の衝撃で破損した”とは
言い切れないほど大破していました。
言うなれば、地面に玉ねぎを
落としたら、みじんぎりに
なっていたくらいの違和感です。
墜落の1〜2時間後には墜落現場
が特定され、米軍は上空から
現場に降りる一歩手前まで行ったが
日本側から救援を断られて帰還。
その後、現場特定の情報が錯綜した
という言い分の元、日本側が現場に
救援に入ったのは、事故から13時間後。
その間に現場の証拠隠滅を図るべく
おそらく日本側の自衛隊組織または
何らかの勢力により、火炎放射器
などで現場が焼き払われる。
なお今回の墜落事件の生存者は
4名のみであるが、救援が早い、
またはそもそも火炎放射器の
使用などがなければ、100名以上の
生存者がいたとされる説もある。
その後、最重要証拠である
後部圧力隔壁は現場で切断され、
事故の有無の検証は不可に。
フライトレコーダーの全貌は
いまだに公開されず。
などなどの違和感が残ります。
〈それで?〉
さて。上記の話は推測ですが、
もしこの話が現実だった場合。
というか、今の時点で出ている
発表には違和感だらけで、納得が
できないわけですが
もしこの話が本当で、かつ
日航機が米軍基地(横田基地)
に不時着できた場合。
自衛隊のミサイル誤射事件は
明るみになり、自衛隊の信頼は失墜。
それは、日米共に困ることでしょう。
そうして話し合いがされた結果、
『今回はボーイング社の修理ミス
が原因ということにしよう!
証拠隠滅もしてあるから大丈夫』
となった可能性があります。
当時の総理は中曽根氏でした。
たしかにボーイング社は、
事故を認めて信用を失いましたが、
結果としては、1985年には
過去最大の売上高を記録。
中曽根首相の意向に従い、
自衛隊やANAも含め、
ボーイング社の航空機を
こぞって大量購入しました。
結果的に損をしたのはJALと、
日本国民だけですね。
もしこのような、日本のミス隠しを
アメリカに頼んだ、もしくは
最初から全てが仕組まれたことならば、
いずれにしてもここで日本は、
アメリカに大きな借りを
作ったでしょう。
これはあくまで推論です。
【まとめ】
1985年8月に起きた、
日航機123便墜落事件。
そして1985年9月に起きた
プラザ合意。
もちろん日本はアメリカの
要求を飲まざるを得ない
理由はたくさんあったにしても、
この2つの出来事の関連性を
私は疑わずにはいられません。
日本を“失われた30年”に
叩き込むことになった
プラザ合意が、なぜあっさりと
合意されたのでしょうか。
プラザ合意には他国も絡んで
いましたが、それぞれに承諾の
理由はあったでしょう。
ちなみに日本とドイツは倍以上の
為替変化で大打撃、フランスも
イギリスは40%プラス程度で、
同条件の合意でもありませんでした。
以上が、日本の失われた30年の
きっかけを“簡単に”お話しした
内容です。
なぜ近代史が分かりにくく、
ややこしくて、誰もが詳しく
中身を知らないのか。
それは、様々な外的圧力が
日本に向けられていて、
しかもそれぞれが巧妙に隠されたり
建前に守られているためです。
しかし私が伝えたいのは、
今日の日本の不況は政治家や
もちろんあなたのせいではなく。
政治家だって、本当に限られた
カードの中から切れるものを選び
何とか日本を良くしたいと
考えています。今はそのカードが
少なすぎるのです。
この支配構造などを知ることは、
あなた自身がアメリカ依存から
抜け出す第一歩です。
日本や日本の政治家、周りに
不満を言っても何も変わりません。
あなた自身が独立を志向しながら、
もちろんバランスを取って、みんなが
幸せになれる世界を目指すと良いです。
私は繰り返し発信していますが、
既にこのような支配構造にどっぷりと
浸かった今の社会においては、
まずは自分のビジネスを持つことが
本当に大切です。
物販でも良いし、何でも良いです。
動かないで待っていても
状況は好転しないし、
今日が人生で一番若い日ですから、
行動を起こすのには最適な日です。
以上が、失った30年改め、
食われ続けた30年のお話でした。
本日は以上です。
お読み頂き、ありがとうございました。
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